【棄教は死刑?】イスラム教はやめられないのか解説します

イスラム教

こんにちは、リヤード齊木です。
イスラム教は、一度入信したらやめることができないと言われていますね。
今回は「棄教」というテーマで、その実態について調査しました。

「棄教」はクルアーンでどう書かれているか

イスラーム=神への絶対帰依でしたね。神の言葉であるクルアーンがイスラム教徒の人生の道しるべです。

あなたがたの中で,もし信仰に背き,不信心者のままで死ぬ者があれば,このような者は,現世でも来世でも,その行いは徒となる。またこれらの者は,業火の住人である。かれらは永遠にその中に住む。クルアーン2章 雌牛章217節

つまり、棄教したまま死んだら永遠の地獄が待っているということが書かれています

地獄の恐ろしさはクルアーンの中で何度も言われています。でも、棄教者は神もクルアーンも信じていないから棄教するわけで、地獄も信じていないはずです。
そして、クルアーンの中で棄教者は殺せとはどこにも書かれていません。
ではなぜ棄教者は死刑と考えられているのでしょうか。

その答えはハディースの中にあります。

ハディースに残る「棄教者」への対応

ハディースとは、ムハンマド言行録です。預言者ムハンマド(彼の上に祝福と平安あれ)の言ったこと行ったことを踏襲するのをスンナといいます。これはスンナ派の語源です。ハディースはクルアーンに次ぐ大事な聖典と考えられています。

そんなハディースの中に棄教者への対応が書かれています。

イブン・アッバースによれば、預言者は言いました。「その宗教(イスラーム)を替えるものは、殺すのだ。」アル・ブハーリーの伝承

この言葉によって、イスラム法で棄教は死刑となりました。

ただし、あくまでも死刑を命じているのはクルアーンではなくハディースです。ここでは深くは触れませんが、スンナ主流のサウジでは棄教は完全なる死刑ですが、シーア派のイランなどではハディースを重んじないので解釈が異なっています。

どこからが棄教なの?

どうしたら棄教に当てはまることになるのか見ていきましょう。

信条的棄教

アッラーの存在を否定したり、イスラムに対して嫌悪したり、六信五行に疑念をもったりするなどを指します。
頭のなかで、疑いを持つことも棄教者に当てはまるようです。

言動的棄教

これは、口に出してイスラムを否定するすべての言動が当てはまります。
この中には、アッラー以外への祈りの言葉も当てはまります。

行動的棄教

他の神への崇拝行為や、礼拝をしないことなどが当てはまります。
イスラム教徒に「おみこし」を担がせることはやめた方が良いです。

ただし、これら3つも無知からそのような状況になっていた場合は当てはまりません。あくまで知っているのに否定するという想念が該当します。

棄教してしまったらどうしたらいいのか

棄教すると地獄に落ちるとクルアーンでいわれていますが、もし棄教してしまってもアッラーは寛容です。
棄教したからといってすぐに死刑になるわけではありません。
再び、イスラムの道へ悔悟し、戻るように勧めます。イスラムを否定したことを取り消し、シャハーダを再び行えば悔悟したとされ許されます。もし、これでも棄教したいとするものに死刑が宣告されるようです。

サウジから亡命した女性の記事を載せておきます。
【中東ウオッチ】18歳サウジ女性の反乱 カナダの亡命受け入れが映すもの

とはいうものの、国によって法律が違いますね。日本で私が棄教しても絶対に死刑になることはありません。
イスラムから離れたいとの思いから、海外に逃亡する人も多いです。

まとめ

棄教はイスラムでは大罪で、地獄に落ちることです。しかし、許される道も用意されています。
死刑については、ハディースによるものなので国によって解釈に差がありますので、必ず死刑になるわけではありません。

イスラム圏で棄教して生きることは、非常に危険です。多くの棄教者はイスラム圏外に移住しています。