露店のお茶屋スィッタシャーイ!働く女と通う男のストーリー

コラム
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スーダンのお茶文化

お隣の国エチオピアのコーヒー文化も立派なものだが、スーダンのコーヒーや紅茶の豊かな文化は目を見張るものがある。朝食は砂糖たっぷりのミルクティーとザラービヤというドーナツ、夕食後にはまたまた砂糖たっぷりのコーヒーや紅茶を飲みながら家族で談笑して穏やかな時間を過ごすといったようにコーヒーと紅茶は生活の中に組み込まれている。
一見豊かにみえるこの文化も裏を返せば、砂糖やカフェインなしでは暮らせなくなっている砂糖中毒者とカフェイン中毒者をどんどん生み出しているとも言える。スィッタシャーイの商売が成り立つのも、これらの虜になっている人々のおかげと言える。スィッタとは、スーダンのアラビア語で「女性」、シャーイは「紅茶」のこと、つまり女性がやっているお茶屋さんという意味になる。この露店のお茶屋スィッタシャーイは街の至る所にあり、朝から晩まで中毒者のニーズに応えている。スィッタシャーイをやっているのは少し訳ありな女性たちだ。旦那と離婚したシングルマザー、内戦中に紛争地域から逃げ出してきた女性、スーダンの経済が悪くなり今ではかなり減ったがエチオピア人やエリトリア人などの周辺国から入ってきた女性などが店を出している。

スィッタシャーイは男性の隠れ家?

イスラーム教徒は、一夫多妻が認められ最高4人まで妻を迎えることが制度上はできるが見聞きする実態は違う。一夫多妻を許す妻はごく少数だ。女性が年老いてから若い妻を新しく迎えたというケースはたまに耳にするが、若い妻に囲まれた男性を見たのは一回だけで、いかに珍しいことかがわかる。スーダン人女性も嫉妬するし、日常会話程度の異性とのメッセージのやり取りですら浮気とみなし喧嘩になる。
既婚男性だってたまには妻以外の女性とも話したくなる。そんなスーダン人男性が集うのが訳ありの女性が商いをするスィッタシャーイということになる。日本の水商売とどこか似ているが、もちろんお酒は置いてない。
妻にとっても訳ありの女性ということを知っているのでスィッタシャーイの女性と話すのは嫉妬の対象とならないようだ。人気の店は愛嬌が良かったり、若く綺麗な店主がいたりして、自分の好みの店を探すのが面白い。もちろん私も贔屓にしているスィッタシャーイがある。
5歳の娘さんと2歳の男の子の面倒を見ながら朝から晩まで働いているマーガレットさんは22歳の肝っ玉母さんだ。この店を気に入っているのは人柄ももちろんあるが、名前にその理由がある。彼女の名前はアラビア語の名前ではなく、キリスト教徒の多い南部の出身だとわかる。私は、彼女の人生に興味を持ち、身の上話ができるまで足繁く通い詰めた。

ヌバとは

彼女の出身はヌバだという。ヌバはスーダンと南スーダンの国境近くに広がるヌバ山地に暮らす少数民族の総称とされる。山地という自然条件によって長年、独自の文化を保持してきた。特にヌバレスリングは、エジプトの壁画に描かれギリシャよりも歴史が古く世界最古のレスリングであったとされている。このヌバの暮らしを世界に広めたのはドイツの写真家のレニ・リーフェンシュタールだ。1970年代スーダンに渡った彼女が撮ったヌバ族の褐色の肌と鍛え抜かれた肉体の放つ生命の躍動は、芸術の域を超えた神々しさをも感じさせる。
ところが1985年、南部の反政府勢力スーダン人民解放軍がヌバ山地まで勢力を拡げると、北部政府はヌバ全体を敵対視し民族浄化の名のもと激しい空爆と包囲戦に、ヌバは地獄と化した。山地ゆえに世界の食糧援助も届かず、ヌバの暮らしは飢えとの戦いでもあった。そして、北部政府が狙っていたようにヌバを離れ、北部のイスラーム文化に統合されていった人が大勢いる。
もちろん、ヌバを離れ首都ハルツームに流れてきても彼らの暮らしが保障されているわけではなかった。現在のスーダンは国民にIDカードの形態を義務付けており、IDカードには名前と出生地が書かれる。名前も出生地も偽ろうとすれば偽れるが、何しろ肌の色が北部の人と違うので、すぐにわかってしまうようだ。IDカードは就職の際に必ず確認されるため、ヌバ出身者は良い仕事が見つかるわけがないと言う。
彼女に話を戻すと、彼女はハルツームで産まれハルツームで育ち、ヌバに行ったことはないらしい。家族がヌバからハルツームに避難してきて産まれた。16歳で結婚し、子どもが2人いる。子どもの面倒を見ながら朝から晩までお茶屋をやり、生計を支えている。住まいは木組みに布を被せた簡易的な家に、これまたヌバ出身の20歳と18歳の乳飲み子を抱えた若い女性とそれぞれの旦那の3家族と身を寄せ合って暮らしている。家にセキュリティがないので、誰かが家に残らないといけないのでこのように3世帯で協力し合うようになっているそうだ。旦那の帰りが早いときは、乳飲み子を抱えて他の2人も店に顔を出す。お茶を飲みながら楽しそうに笑っている姿に、かつてのヌバの苦難の歴史は垣間見ることはない。
それでも、生れて一度もみたことがないヌバの山々を故郷だという彼女たちの心には、内戦の爪痕とヌバの苦難はしっかりと刻まれているのだろう。