【それ誤解です】イスラム教では夫が妻を叩いてもよい?

イスラム教

イスラム教は女性蔑視の宗教だと、たびたび非難されることがあります。
その際に持ち出される一例が、クルアーンで夫が妻を叩いてよいと書かれているということです。
しかし、このことは理解不足によって事実とは異なる認識をしている恐れがあります。そしてイスラムの教えに反する事例が残念ながら多く発生してしまっています。決して夫が妻へ暴力を振るうことが推奨されているわけではありません。
今回は、どうして夫が妻を叩いても良いと誤解してしまっているのかについて考察していきたいと思います。

クルアーン以前のアラブ世界=ジャーヒリーヤ

クルアーンが神様から啓示される前のアラビア半島は「ジャーヒリーヤ」と呼ばれています。これはアラビア語で「無知であること」を指します。この時代は多神教や偶像崇拝が行われ、部族間の争いも絶えず、いわば弱肉強食の社会でした。女の子が生まれると男児を重んじる風紀があったため女児を生き埋めにしたり、不倫や性サービスが蔓延し、痴情の縺れで殺してしまうなど女性は虐げられた存在でした。

そんな風紀の乱れたアラブ半島を、言葉一つで正したのが神様と預言者ムハンマド(彼の上に平安と祝福あれ)でした。

クルアーンにみる夫が妻を叩くこと

イスラーム=神への絶対帰依でしたね。クルアーンは神からの直接的な言葉であり、イスラム教徒にとってクルアーンは生活のルールとなり、それに沿って生きています。
それではクルアーンの中で、夫が妻を叩くことについてどう書かれているのでしょうか。その記述を見ていきましょう。

男は女の擁護者(家長)である。それはアッラーが,一方を他よりも強くなされ,かれらが自分の財産から(扶養するため),経費を出すためである。それで貞節な女は従順に,アッラーの守護の下に(夫の)不在中を守る。あなたがたが,不忠実,不行跡の心配のある女たちには諭し,それでもだめならこれを臥所に置き去りにし,それでも効きめがなければこれを打て。それで言うことを聞くようならば、かの女に対して(それ以上の)ことをしてはならない。本当にアッラーは極めて高く偉大であられる。クルアーン4章 婦人章34節

ここで叩くと訳されているアラビア語は「اضربهن」です。元の動詞は「ضرب」で今でも叩くという意味で使われています。文字先頭の「ا」は命令形となっています。文字の最後の「هن」 は3人称女性複数形を表す人称代名詞です。つまり「彼女らを叩きなさい」という風になります。3人称単数形を使っていない理由は、男性たちに呼びかけているからです。

それでは、このクルアーンで言われていることのポイントをあげてみます。

  • 男性が女性を扶養する義務であるとし、義務を負うことで家庭での権利が女性よりある
  • そして夫が留守の間は、貞節を守る
  • 不忠実、不行跡な女性には、①諭す、②離れる、③打つ
  • 言うことを聞いたらそれ以上はなにもしない

このクルアーンで言われているのは、不貞をを守ることなどの重い罪に対して男がどう対処するべきなのかということですね。つまり、些細な言い争いなどの日常的なことに対する妻への暴力を肯定するような記述ではありません。ジャーヒリーヤ時代の憎悪に比べるとイスラームがいかに女性を守ろうとしているかがよくわかってきますね。またそのような高いレベルでの罪も当てはまります。

叩くのは最終手段?

たしかにクルアーンには不忠実な妻を夫が叩いても構わないと書いてあります。
しかし、なんでもかんでも気に食わなかったら叩いていいわけではありません。それは以下の順を踏んだ上で行われなければならないとされています。

  1. 妻を戒め、アッラーへの畏怖の念を喚起させる
  2. 妻に強く忠告する
  3. 妻と寝床を別にする
  4. 3日間を限度に、会話を拒否する
  5. 痛みを与えない形で、顔以外の部分を叩く

このステップを踏まずに叩いた場合は、ただ単に暴力となります。そもそも3日以上会話をしないということは、すでに離婚に近い状態です。それでも妻を大切に、考えを改めてほしいといった場合にのみ叩いてもよいということです。

そして、それでも話がつかない場合は、第三者を仲介を頼み和解も離婚も視野に入れた話し合いになります。

もしあなたがたが、両人の破局を恐れるならば、男の一族から一人の調停者を、また女の一族からも一人の調停者をあげなさい。両人がもし和解を望むならば、アッラーは両人の間を融和されよう。本当にアッラーは、全知にして何ごとにも通暁しておられる。クルアーン4章 婦人章35節

つまり、夫が妻を叩くのは貞節に関わるような罪、そういうレベルのことを妻が起こした、あるいはそうみなされる場合に夫が妻を正しい道へと導くために、顔以外を痛みがないようにちょっと叩くという条件下においてのみ可能となります。

痛みを与えるのが目的ではなく、戒めのために体を軽く叩くのですね。

アラビア語「ضرب」の解釈について

クルアーンは、もちろんアラビア語で書かれていますが、日本語訳にしたときに叩くと訳されている単語は「ضرب」です。たしかに「叩く」という意味で使われることが多い単語ですが、少し違った意味でクルアーンで使われている箇所があります。

第20章ターハー章の77節は出エジプト記で有名な箇所です。ここに「فاضرب」という言葉があります。最初の「ف」は理由や結果を表す接続詞で、「ために」と訳されています。そして「ضرب」は海を2つに分けるという意味で使われています。

このため、婦人章の夫が妻を叩くというところも叩くではなく、分かれる(遠くに離れる)とする意見もあります。

ハディースにみる夫が妻を叩くこと

ハディースは、預言者ムハンマド(彼の上に祝福と平安あれ)の言行録でしたね。イスラム教徒が生きる上で手本にするのが預言者の言動です。
ハディースでは夫が妻を叩くことについてどう話しているのかみていきましょう。

第三の妻であったアーイシャがこう伝えています。

「アッラーの使徒ムハンマド(彼の上に祝福と平安あれ)は、妻のことも使用人のことも一度たりとも叩いたことはありませんでした。そして、アッラーの道か、あるいはアッラーの神聖さが侵された時の報復以外にはその手で何ものをも叩くことはありませんでした。」アン=ナサーイーの伝承

イスラム教の男性は、預言者ムハンマド(彼の上に祝福と平安あれ)に倣って、妻との関係をいつでも穏やかに保つようにし、叩かないようにするのが最善となります。

イスラム教の知識について、インターネット上では間違った情報も多く見受けられます。イスラム情報を書くにあたってイスラムに関する情報を集め、スーダン人のイスラムに詳しい人に情報の正誤を聞き、間違った知識を伝達しないように努めています。しかし、情報を鵜呑みにせず一度立ち止まり、自分の手で今一度調べてみることをお勧めいたします。